固めたら、許容範囲を超えた時案外簡単に壊れますよ!というお話です。

今在籍している塾生は全員経験していると思いますが、手力整体塾は少人数故、期せずしてマンツーマンの授業になることがあります。カリキュラムはあってないようなものなので、この時とばかり踏み込んだ話ができるのがマンツーマンの良いところ。踏み込みすぎて耐えていたものが崩れる事もありますが・・・。

筋トレは耐震

ご存知のようにワタクシは筋トレ否定派です。スクワットやバランス系のスタビライゼーションなど一部はおすすめしますが、皆さんがパッと思い付く腹筋や腕立てなどのメジャーな筋トレは、目的が“健康”なら下手にやらない方が良いと思っています。

いわゆる筋トレで目に見える筋肉を強化するのは、壁や柱を強化する耐震に相似。強化して固めると許容を超えた時にもろく儚く崩れるのは万物共通です。

現存する世界最古の木造建築、法隆寺の五重塔。

 

身体も建造物も歪むから壊れないという事実
前回のエントリでも書きましたが、偏らないよう不安定に動き続けるのが自然に生きるということです。股関節の構造ひとつを見ても、身体は固定しやすい構造にはなっていません。固定がメインなら臼関節ではなく升関節が良い(んなもんありませんが)。大腿骨頭も球で...

五重塔の免震?制震?制は未だ解明されていませんが、『揺れるから壊れない』のは間違いありません。

赤ちゃんは綺麗に立つ

筋力がなくても赤ちゃんは綺麗に立ちます。最低限のチカラで直立出来るのが二足歩行の特権なのです。力を抜いて立てば不安定にグラグラするはず。グラグラしないのは力で固定している証拠です。バランスの悪さを筋力で補っているから、筋肉が疲労して痛みが出るのです。

頑固も耐震

頑固な人は何故頑固なのでしょう。
揺れる柔軟性の無さを固さで補っているから?人の意見に耳を貸して自分の世界が壊れるのを恐れているから?

五重塔の心柱たる軸が無いと枠を固めるしかありません。
自ら進んで小さくまとまっとている頑固なジジイはもちろんのこと、世間で『良い』とされている状態を力任せに演じているのも頑固。軸じゃなく枠を頑張って固めたマインドは、揺れることが出来ずにやっぱりもろく崩れます。

有り難いことに関わらせていただいている素敵な先輩たちは、枠がまったく固くない。軸に自信があるからか、ニコニコ笑って何でも枠の中に入れてしまうのです。
『先生は頑固に見えて頑固じゃないですね』先日ある人に言われたので、ワタクシも少しだけ近づけているようですが、ボクの場合、受け入れるというより関係ないから聞き流してる部分があります(笑)。すみません、まだまだです。

頑固な人はガードポジションを取っている人。それは当然肉体にも現れるので触ればわかります。場合によっては見ただけでもわかります。どんなに繕ってもバレバレです。
ガードには限界がある。力の抜けたノーガードほど強いものはありません。

アッチコッチ揺れるのが自然

どんなに『良い』とされているモノでもいつも同じでは不自然です。
白い魚が段々大きくなって黒い魚を食べ、黒い魚が段々大きくなって白い魚を食べる。陽極まれば陰になり陰極まれば陽になる。つまり黒を無くしたら白も無くなる。

太陰太極図

少女の感情が擬人化された『インサイドヘッド』という映画では、ヨロコビさんが頑張り過ぎ、カナシミさんを厄介者扱いした結果、感情そのものが崩壊してしまいます。
アッチとコッチ、何事も両面があって成り立っているのです。
映画では何故か5つの感情が擬人化されていますが、基本の感情は4セット。

喜び (Joy) 悲しみ (Sadness)
信頼 (Trust) 嫌悪 (Disgust)
心配 (Fear) 怒り (Anger)
驚き (Surprise) 予測 (Anticipation)

白と黒、陽と陰って言葉のイメージを、良・悪、ポジティブ・ネガティブに置き換えてしまいがちなのでこんな色にしてみました。どちらか一方を排除しないように。

太陰太極図2

どっちが良いとか悪いとかじゃなく、ただのアッチとコッチがあって勝手に揺れて入れ替わるのが自然です。
境を支点としてアッチとコッチを揺れながら行き来できる人とは言葉が通じますが、一方に偏っている人とは言葉が通じません。(通じない理由はわかりますが通じない理由をわかってはもらえません)養老先生いわく『バカの壁』があるのです。

これは結局、“体験”の差なのかもしれません。腰痛は●●だ!とか、痩せない原因は●●にあった!とか、●●は食べてはいけない!とか言い切ってる情報に思わず反応しちゃう人は、実際に体験を増やして自分で感じて考えて軸を造っていくと良いと思います。

情報が混沌としている昨今、力強く明確な答えを示してくれる人が持てはやされますが、コップに半分の水は“まだ”半分だったり“もう”半分だったりします。答えなんか立場で変わるのが真理なのです。

そんなわけで、答えを求めてしまう思考の癖が抜けない塾生がちょっと崩れましたが、レポートを見る限り大丈夫みたいですね。軸を定めて揺れる心身がもう時期手に入るかもしれません。