暗記中心の教育に疑問を感じている人は多いとおもいます。
実際、試験のために覚えた知識なんて直ぐに泡と消えるので、手力整体塾では卒業にあたっての筆記試験は開講当初からずっとありませんでした。

卒業筆記試験の導入

はい。不本意ですが過去形になりました。
『暗記ばかりの教育はおかしい』
そう思うなら、暗記以外の勉強法を実践しなければならないわけですけれど、基本的に『暗記こそ勉強』な教育を受けてきているので、別の手段へシフトするのは意外と困難なようです。
『まるっと全部覚えて下さい』と言われる方が楽そうな人が結構いる。事実その方が楽なのかもしれませんけれど、楽している内は楽しくならないのですよ。ほんとに。

覚えなきゃならない事はあります。最低限の知識がなければどれだけ思考しても空想の域を出ませんから、暗記もある程度必要です。けれど暗記だけだと思考力は育たない。『気付く』瞬間が無いので楽しくもなりません。

何度でも言います。出さなきゃ入らない!

卒業試験的なペーパーテスト導入の打診をした際、全ての塾生が拒否反応を示しましたけれど、じゃあ代替を実践しているのかというとそうでもない。厳しいようですが、やる事やらないで希望が通るはずがありません。

不本意なのですよ。筆記試験。やりたくはないのです。代わりに、授業での疑問など積極的な発言、授業の反芻にあたる塾生レポートの投稿をお願いしているのです。

何度でも言います。出さななきゃ入らない。
呼吸もチカラも知恵も“入れるだけ”は絶対に成り立たない。
何がわからないのかを明確にするため、どんどん書いたり喋ったりしなければ疑問さえ湧かない。本当に疑問が無いなら勉強する必要すらないわけですが、『疑問が無い=理解している』ではなく、単純に『疑問すら無い』というのが正直なところでしょう。

実践する⇒気付く⇒理解する⇒アレンジする

実践すれば何かに気付きます。それは「なるほど!」という閃きかも知れませんし「あれ??」という疑問かもしれません。どちらにせよ、自分の中から湧く気付き。それが勉強の種になります

気付いたら再現を試みたり、あえて違うパターンを当てはめてみたりする。暗記以外の勉強はそうやって無限に続きます。何も気づいていないのにアレンジするのは不可能です。何かに気付くまではそっくり真似て実践あるのみ。
目指すところは人の数だけありますが、手段はいくつも無いのです。個性が必要なのは目的の方。手段にオリジナリティーを求めないように。

きちんとツジツマを合わせて文章を書くなど、思考するというのは実際結構大変です。シンドイです。エネルギーを使います。だからこそ何かが生まれます。

楽をしたいのか楽しみたいのか、まずそこをハッキリさせましょう。
楽をしたいなら意見など持たず100%受け身に徹するのが1番。自分の意見を持って楽しみたいなら、頭と手を動かして文章を書く、身体を動かして感じる。何はともあれそんな実践しかありません。

楽と楽しいはまったく別。楽しいことは面倒くさいのです。

現役生皆さん、今のままでは卒業筆記試験が慣例化されます。
伊藤も含め誰ひとりやりたいとは思っていないので、ご協力お願い致します。

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