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修行編 – Vol.1

整体師独立開業体験記

運命

卒業後とんとん拍子で話が進み、生まれて初めて手技療法で驚きと感動を与えてくれた先生のもとへ弟子入りできる事になった。この偶然には本当に感謝したし驚いた。ちょっと『運命』なんて言葉もよぎった。

私がお世話になった頃は先生1人で切り盛りしていたが、いつの間にか5人のスタッフが慌ただしく施術をこなすほどになっていた。
おかげで先生の手が空くタイミングもあったので、手技に関する様々の事を教えていただけた。
後に手力整体となる元の手技は、この時教えていただいたものだ。

しかし、最初から期間を定めていた。
12ヶ月。

怠け癖のある私が何年も師匠の下にいると、モチベーションを維持する事が難しいと考えて定めた期間だ。
その間に吸収できるものを全て吸収し、経験をつみ自信を付ける。
整体師として生きていく為のカラダを作る事に専念した。

教えられた事気付いた事ををどんどん試し、結果を出す喜びも知った。
患者さんの事を細かくメモし家に帰ってからも考えていると、自然と支持されていく事も知った。
肉体的、金銭的には少々辛かったが、毎日新しいものと出会う日々は楽しいものだった。

自信(勘違い)

師匠の下で手技を習い患者さんの事を日々考えていたら、多くの方から支持を得るようになった。

施術記録

患者さんの事を事細かにメモしたノートは、1年で3冊になった。
私を信用して頂き、アドバイスしたセルフケアをしっかり行ってくれる方がいた。勿論からだは素直に反応し、見る見る元気になった。

そしてある時、『これいつものお礼です』と、小さな封筒を渡された。もちろん暫し押し問答が続いたが、その包みは半ば強引にポケットへ押し込まれた。
この治療院は当時、保険と自費をセットにして30分の施術で800円前後の料金を頂いていた。

『1000円くらいのチップかな?』帰宅してから開けた包みには、なんと10000円ものチップが入っていた。驚いたし、泣けた。
『あなたはもう大丈夫』と言われた気もした。やるべき事も見えた。
この道で生きていけるという明確な自信をくれた出来事だった。師匠の下を去る少し前の事だ。(まぁ今思えば単なる勘違いである)

このときの1万円は今も使わず取ってある・・・・なら凄く感動的でしょ?

独立~早々に撤退

師匠の下を去る日が来た。
高額チップを頂いたり、『アンタ辞めたらオレはどうすれば良い?』なんて言ってくれる人も居て、調子に乗っていた。独立してやっていけそうな気がしていた。

プロバイダが無料で貸してくれるサーバーに、これまた無料で使えるホームページ作成ツールを使ってホームページを作った。屋号は“ボディーメンテナンス”
(数年後師匠の治療院は、有限会社○○ボディーメンテナンスになった)
この時点での私のPCスキルはほぼゼロ。今考えたらとても見れたもんじゃない。
計画も、志している理念も、ビジョンさえ浮かんでいないのに、『バイトしながら何とかなるだろう・・・・』そんな感じだった。

最初の月は親類縁者を片っ端から施術して結構儲かった。が、後が続かない。
あたりまえだ。
紹介を促すツールもなかったし、そもそもサービス業そのもののスキルが無かった。
マーケティングという言葉さえ知らなかった。(船井総研?なにそれ?って感じ)

とにかく存在を知ってもらわなければと、毎週のようにフリーマーケットに出まくった。
お試し施術15分500円の破格値。
数回惨敗したのちコツをつかんで、フリマでの売り上げは10000円を超えるようになった。

フリマで勉強した事

  • 囲って目隠しをしてはダメ
  • 呼び込んではダメ
  • 施術の様子を見せるのが最良の集客法
  • 破格のお試しはその後に繋がらない

フリマでのリピーターは居たが、顧客に発展した人は1人も居ない。
これも今考えればやり方はありそうだが、当時の私は手技以外のスキルをまったく持ち合わせていなかったので致し方ない。

とても見れたもんじゃないホームページは、数名の患者さんを連れてきたが(驚きだ)、これもそれ以上の発展させ方がわからない。

このままあらゆるフリマに出まくっていれば、そこそこの売り上げになったかも知れないが、それは私の本意ではなかったし、自分に足りない物もハッキリわかったので1年もせずに撤退(休止)。出張専門施術の会社へ入社する事になる。

私に足りなかったもの・・・・・手技以外すべてのスキル。 

手技以外のスキル

“出張”のスタイルにこだわりたかったので、第2の修行の場に選んだのは、横浜・川崎エリアで出張施術を専門に行なっている会社だ。

参考までに、私が考える出張施術のメリットデメリットはこうだ。

メリット

  • 低資金でスタートできる
  • 飛び込まれることがないので時間に縛られない
  • こちらから動いていくので場所に縛られない
  • リピート率が高い

デメリット

  • 集客はアホほど大変
  • 低資金ゆえに危機感が希薄
  • 仕事とプライベートの境目が曖昧(これは後にそれで良い事に気付く)

この会社は、私にとってかなり新鮮だった。
出張専門で社員を10数名抱えるだけあって、マーケティングに力を入れていた。(かの船井総研に仕事を依頼していたほど)

スタッフが待機する部屋には、手技や解剖の本と共にマーケティングの本が所狭しとならんでいた。
社長は手技療法家ではなく、保険の営業マンから転身した経営者。
手技には何も口を出さなかったが、集客・接客・アフターフォローに余念が無かった。
つまりこの社長、私に無いスキルだけで会社を経営していた事になる。なんともワクワクするではないか。

ここでも最初から期間を定めた。1年間(12ヶ月)。マーケティングに関して私には何もなかったので、まるで乾いたスポンジのように吸い取ったとても充実した期間だった。

お客様か患者さんか

手技と自信を身に付ける為の修行も12ヶ月だったが、この12ヶ月という数字には私なりに訳がある。
これは、私が趣味にしている釣りに端を発している。

同じフィールドに1年間通い続けると、季節的な魚の移動に気付く。
早い遅いの差こそあれ翌年も翌々年もこの移動は変わらない。
魚の季節的な移動を知っていると、フィールドが変わっても似たような場所を探すなど多少のアジャストで釣れるようになる。釣りを上手くなりたいなら、まずは1年間しっかりと同じフィールドに通って動きを覚え、あとは色々な所へ行ってアジャストの仕方を覚えるのが1番早い。

これと同じで、春夏秋冬12ヶ月を真剣に過ごせば大切な事は吸収出来ると思うわけだ。

この会社では、本当に手技以外の多くを学んだ。
暇な時は社員がチラシをポスティングする。大きな集合住宅に行っても半日で2000枚のチラシを撒くのはかなり大変だった。マーケティングの基本をしっかり抑えたフルカラーのチラシでレスポンスは0.1%ほど。(私がいた頃は、なぜかHPは無かった)

そのほかここで学んだ事は

  • 玄関で靴下を履きかえる
  • お客さんの見ているところで手の消毒をする
  • 時間を延ばさない
  • お客さんの声を集める事
  • 感動させる事
  • コミュニティーを作る事

などなど。
しかし、整体院を目指す私には少し違和感もあった。

この会社は『気持ち良い!』をモットーにしていた。
そしてサービスに徹するあまり主導権はお客様にあった。
『尻尾を振りながら近づく犬を足蹴に出来る人はいない』というのが社長の持論だった。違和感を感じながらも日々仕事をこなすうち、この精神は私にも根付いてしまった。
これは後に再度開業した時、私をとても悩ませる事になるのだ。

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